わんこ追悼

 実家の母より電話があって、飼っていた犬が亡くなったとのこと。高齢でもあり、私自身も帰省するたびに「まだ元気なんだ、良かった」と内心ほっとしていたところがあったので、今回の訃報を聞いて「とうとうこの日が来てしまったのか」というような気分でした。聞けば体調が悪く数日前から入院していたのですが、最期は静かに逝ったとのこと。
 そんな訳で本日は追悼の意を込めて、この実家のわんこ「コウタ(シーズー:オス)」のエピソードを書き連ねたいと思います。
 コウちゃんは実家のわんこなんですけれど、私が就職した年に飼い始めた犬でして、私は家族として一緒に住んでた訳ではありません。うちは父が早くに亡くなったんですが、亡くなって二週間も経たないうちに母が家に連れてきたのがコウタでした。「お父さんが亡くなってすぐだから、いろいろ言う人もいたんだけどね」と後に母が苦笑いしていたので、当初は悪く言う人もいたんじゃないかと思います。しかし父の癌は若かったため進行が早かったものの、それでも一年近くの間闘病生活を送り、母もその間は休まる暇もない生活を送っていました。そんな母の生活から父が消えてしまったあとの空白を埋めるために犬を飼ったって、誰に責められる筋合いもないと、私は思いました。
 さておき。母は新聞に挟まってくるチラシの「犬を差し上げます」を調べ電話をかけ、ブリーダーさんから直接シーズー犬のオスを買いに行きました。ペットショップ等で買うよりかなり安価。コウタはブリーダーさんいわく「兄弟の中で一番小さかったので、柄も良いし手元に残しておこうと考えていた」そうです。セールストークかもしれないけど(笑。このとき私も同行してたんですけど、まだまだ本当に小さくて、車に酔ってしまったのか帰宅しても立ち上がれずフラフラしていて心配になったものです。翌日には元気に歩き回ってましたが、本当に小さくて可愛らしかった。
 しかし。コウタは憎たらしい犬へと成長しました。だって明らかに私のことを目下に見てるんだもん(涙。母に怒られたときには、隣の部屋にいた私のところに駆け込んできて、手をかみ逃げされたりしました。えぇ〜弱い者いじめですか、ストレス発散ですか!? おかげで実家に帰るたび、噛み傷を作る羽目になりました。噛まれてヘラヘラしてる私が悪いんだけれども。なので最初の1〜2年ぐらいは「なんで家の犬はこんなに根性が悪いんだろう。犬なんて星の数ほどいるんだから、もっと性格の良い犬を飼えば良いのに」って、内心こっそり思ったこともありました。まぁいつの間にか噛まれなくなったんですけどね、ヤツもオトナになったということか。
 コウタはまた、おそらく犬という自覚のない犬でもありました。室内飼いだったんですが、ゲージに入れられるのを極端に嫌っていました。ゲージの天井をあけておくと、驚きのジャンプ力で飛び出してしまうんです。これはちょっとした一芸みたいな感じで、よく母がお客さんに披露していました。天井を閉めておいても、ジャンプ&鼻アタックで強引に脱出してしまうんです。
 ある初夏の日。母は仕事を持っているので日中は家の中を締め切ってしまうんですけど、それでは暑かろうと二階の窓を開けて風が通るようにし、コウタが間違って窓から落ちたりしないよう嫌がるのを強引にゲージに入れ、天井を破れないようにギチギチに固めておいたことがありました。どうせ昼寝してるんだからゲージの中でも構うまい、という見解だったのですが、帰宅した母が目にした光景は血まみれになったゲージだったそうな。破れないゲージと戦ったコウタの歯はボロボロの歯抜け状態になってました。なのに噛まれると痛いんですよね、なんででしょう。
 もちろんこの件で母も反省し、コウタをゲージに閉じ込めることはしなくなりました。しかし「二階の窓から落ちたりしたら・・・?」という母の心配も的を射ていたようです。母の仕事中にご近所さんから「おたくの屋根(2Fベランダの下部分)に犬が乗ってる」という電話が入り、慌てて帰宅すると何事もなかったように庭を歩くコウタの姿が! 「二階の窓以外は開けてないから、多分落ちたんだと思うんだけど・・・」とピンピンしているコウタを見ながら母も苦笑していました。
 そういえば空き巣に入られた話もありました。被害は500円貯金をしていた缶が紛失したくらいと言ってましたが。玄関の鍵を閉め忘れた日があって、後に貯金の缶が消えていることに気づき、「あんたが盗ったんじゃないの?」と妹を問い詰めて喧嘩になったらしいんですけど(笑。ご近所さんも空き巣被害にあったらしいので、おそらくうちも入られ、缶を盗られたところでコウタが二階から「誰か帰ってきた?」と階段を下り始めたため、空き巣も「人がいたのか!?」と慌てて逃げたんじゃない?というのが母の推論。母の留守中は二階がコウタの指定席なので「下手に一階にいたら何をされてたかわからなかった。二階に居て良かった」と笑ってました。*1
 コウタの大事件と言えば、やはり家族旅行の一件です。家族で泊りがけの旅行に出ることになり、その間は母の知人にコウタを預けることになりました。そしたら、その家からコウタが逃げちゃったんですよorz 知人の家は実家から車で20分程度、コウタの見知らぬ土地です。旅行から戻ってすぐに探しに行ったんですが見つからず、地元の有線放送で探し犬を流してもらおうとしたのですが「人命が絡むような緊急事態でないとダメ」と断られました。あれこれと手を尽くしたけど見つからず、半ば諦めムードが漂い始めた一週間後の朝、玄関のドアをカリカカリカリッと擦る音が聞こえ、「まさかっ!」と母が飛び出すとコウタが帰ってきていたそうです。お腹がペタンコになるほど痩せていて、帰宅したその日はずーっと眠りこけていたとか。その後、知人の方が聞き込んでくださった話によると、道中には片側三車線の交通量の激しい大きな道路があるんですが、そこを渡りたくてウロウロしていた犬を見た人がいたそうです。声をかけて一緒に渡ってくださったとか。
 とにかくこの一件で、母にとっては「大切な大切な存在」になったコウタ。そんなコウタの為に望むものを与えてあげたい・・・っ!と母が買ってきたのはコウタの嫁でした。ところが世の中思うようにはいかないもので、この嫁は大変身持ちが固かった。迫ると本気で怒り、テーブルの下*2へと逃げ込んでしまう。まぁ確かに知らん家に連れてこられて「この人が貴女の夫になるんですよ」なんて言われたら非道な話だとは思いますが、コウタの気持ちもわかってやってくださいよ(涙。現在にいたるまで彼女は身を守り続けています。とは言っても母が病院と結託して人工授精を行い、二匹の仔犬に恵まれたんですけどね。コウタは子持ちですが終生童貞でした。
 当初、うちのシーズーたちはいわゆる「サマーカット」にされていました。一般的に見られるシーズーと同じ、短めに毛を刈り込んだスタイルです。しかし妹が持ち込んだ犬雑誌の「シーズー特集」の項にあった「品評会で見られるように毛を長く伸ばしたスタイルこそ、シーズーの本来あるべき姿」みたいな文章に、母はいたく感銘を受けたらしく(知らんけど)、以降のコウタはロン毛スタイルでした。夏の暑いさなかでもロング。家の中に長い毛がフワフワしてるけどロング。だがしかしコウタは良質の毛を持っておりまして、伸ばしてその美しさが際立っておりました。嫁犬の毛は伸ばした先からフワフワと毛玉になってしまい、コウタのように綺麗に櫛を通すことができなかったんです。猫っ毛というヤツでしょうか(犬だけど。
 あとはまぁ・・・賢い犬でした。訳わからない物は口にしない方針だったらしく、一週間の放浪の後に無事帰宅できたのは、拾い食いをしないのも一因だった模様。ご飯に薬を混ぜて食べさせても薬だけ避けてしまうという母泣かせの一面もありましたが、脱走して近所を徘徊した際、ゴミ捨て場で拾ったと思われるアジの干物をどうしようもなく持ってきて母に渡した、というエピソードも聞いたことがあります。良い匂いがしたのに食べ方がわからなかったんだね。誰にでもついていく嫁犬とは違い、知らない人に尻尾は振ってもついてはいかない。母を家に残して私と一緒に散歩に出ると、いきなり「もう帰りたいです」というテンションで家の周り1ブロック回って帰ろうとするし。
 そういえば、トラックに轢かれたって話もありました。家は住宅街で車どおりが少ないんですけど、裏道として使ってたトラックにぶつかったって聞いたけど、なんか元気になりましたよ。当時は母からの電話で「道路にコウちゃんの血の跡が残ってて、息子犬が匂いをかいでる」なんて言ったりしてたから、かなり重傷だったと思うんだけど。
 そんなコウちゃんも晩年は癌を患って手術したりして、すっかりお爺さんになったかと思いきや、壮年の息子犬と縄張り争いの本気の喧嘩を日常的に繰り返し、よく母につまみ出されていました。何がいけないんだ、爺さん相手に本気出す息子が悪いのか、息子に代(?)を譲らずしゃしゃり出てくる爺さんが悪いのか。それでもここ1年ぐらいは、大好きな母が昼寝をするときは息子が添い寝し、コウタはちょっと遠くで寝ているのが基本形みたいでした。それでも母にとっては「コウタは特別な存在」であったため、何かと贔屓にしては、息子を不機嫌にさせていたようですが*3
 一度目の癌の手術後、しばらくしてから別の癌が見つかり、病院からは再検査するよう言われたらしいんですが、「これ以上あれこれ手を尽くすよりは、普通の生活を送らせてあげたい」という母の意志で、それ以上の治療はしなかったそうです。そんな話を聞いてからずいぶん経つので、帰省するたびに「まだ元気なんだ、良かった」とほっとしていました。犬の人生としては、かなり波乱万丈で、でもそれなりに長生きだったんじゃないかと思います。コウタが逝ったあとの実家にはまだ三匹の犬が残っています。コウタが来たばかりの頃の私は「こんな犬じゃなくて他のを飼えば良いのに」なんて思ったりもしたのですが、今は、コウタの息子が残っているとは言ってもやはりそれは違う犬なんだな、母が大事にしていたコウタは、たった一匹のかけがえのないコウタだったんだな」って、しみじみ思うのでありました。
 
 

*1:ちなみに現在実家にいる三匹は一階を縄張りにしてるんですが、何か音がするとリビングの窓に三つの頭が並ぶため、やはり防犯には一役かっている模様。最近ご近所で空き巣騒ぎがあったけど、うちだけが被害にあってないとか言ってた。

*2:物理的に不可能なスペース。

*3:単なる「えこひいき」ではなく、一番賢く言うことをきいてくれるから、出かける際にはよくお供に連れていってた。